社長ブログ

311の記憶 ①

2011年の大震災は、日本全体に甚大な被害を及ぼし、
多くの人に影響を与えた。


私自身も、自分の家族や生活そのものが変わったわけではないが、
考え方や目指すもの、大げさに言うならば
生き方そのものに、直接・間接に大きく影響を受けたと思っている。


その反省を込めて、311前後の記憶を、
とどめておこうと思う。


311の直前、実は私はバングラデシュに渡航する計画だった。
ノーベル賞を受けたグラミン財団を訪れたり、
マイクロクレジットの利用者や支援団体などのヒアリングを行ったりする、
途上国支援の現場を体験するスタディ・ツアーに申し込んでいたのだ。


当時、私はいくつかの課題を抱えていて、少し行き詰まりを感じていた。
また、さまざまな自治体や外郭団体とのお付き合いの中で、
変えられない現状を目の当たりにすることもあって、
ドメ(ドメスティック:国内)にちょっと見切りをつけていた時期でもあった。


そこで、自分の原点、つまり学生時代からのライフワークである
途上国支援の現場を体験することで、視点を変え、
打開策が得られるのではないかと、思い立ったのである。


確か、3月14日ぐらいから2週間程度の予定だったと記憶している。
ツアー代金も払い込み、ビザも取得し、荷造りも終えていた。


そこで、あの大震災。
神さまに、頬っぺたを、思い切りはたかれたと感じた。


途上国支援の現場に、
現状から逃避する手段として、行くものではない。
「ライフワーク」という座り心地の良い言葉に逃げ込んでも
何の解決策にもならない。


今、ドメから逃げたら、ダメだ。
感情的にも、今、国外に出る気持ちには、到底なれない。
自分は無力でほんとうに小さな存在だが、
それでも頑張れば、ほんのちょっとぐらい、お役に立てることも
あるかもしれない。


即座にツアーを解約した私の手元には、
バングラデシュに持っていくはずだった懐中電灯が残っていた。


「そうか、震災時に威力を発揮する物が、日用品の国もあるんだ...」


日本では非常時に威力を発揮する懐中電灯が、
電力供給が不安定で停電が当たり前のバングラデシュでは、
必需品の1つである。
やはり、途上国支援を、自分のライフワークから全くなくす、
ということはできない。


でも、と思った。
でも今は、国内で頑張って仕事をして
停滞するかもしれない経済の活性化にわずかながらでも役立って、
雇用の創出にちょぴっとでも貢献して
大したことはできないかもしれないけど、
いつかは、途上国支援という自分のグラウンドに戻ることを誓いつつ
今は、国内で頑張ろう。少なくとも今から10年はドメで頑張ろう。
そう腹を決めた。


でも、自分は小さい。
自分の無力さを思い知らされるのに、それほど時間はかからなかった。

一覧に戻る

ページの先頭へ